ASTRA HOUSE(アストラハウス)

書籍

Lの運動靴

キム・スム(김숨) 著/中野宣子(なかののりこ) 訳
定価(税込) 1,980円(本体1,800円+税)
ISBN9784-908184-34-5 C0097

2022年5月25日発売

内容紹介

Lの運動靴を最大限修復するか。

最小限の保存処理だけですませるか。

何もせずに放っておくか。レプリカを作るか。

何もしない修復もやはり、修復のうちに入る。分析だけして何の治療もしないことも。

1987年6月、韓国の民主抗争の最中、警察の発砲した催涙弾によって命を失った20歳の青年、大学生の「L」。28年後、彼のものだとされるボロボロの片方だけの運動靴が、修復家の元へ持ち込まれる。

「L」とは誰なのか? 運動靴の「欠けら」を修復する行為にどのような意味があるのか? 個人の「消せない記憶」とは? 人が生き、死して残す「物体」に、そしてその「修復」に、果たしてどのような意味があるのか?

主人公の美術修復家の視点を通して、静謐な時間の中で語られる「物質」と「記憶」をめぐる物語。現代アート作品の修復に関するエピソードが挿入され、修復室を訪れる寡黙な人々の人生が断片的に語られ、読者は静謐な美術修復室で繊細な思考を主人公とともに体験する。

参考1:モチーフ

モチーフとなっているのは、以下のような事実。「L」こと李韓烈の運動靴の復元を知った作者が緻密な取材をへて創作した物語である。《李韓烈(イ・ハンニョル)は、1987年6月9日、延世大学で開かれた「6.10大会のための決意大会」のデモの最中、警官が発射した催涙弾に頭を打たれ、1カ月間死境をさまよい、7月5日、20歳で亡くなった。 彼の犠牲は、大統領直接選挙制の実現を目指す6月民主抗争の導火線となり、民主化運動の犠牲の象徴として広く国民の関心を集め、国民葬で行われた葬式には150万人が集まった。当時、彼が履いていた27.0センチの白い「タイガー運動靴」は、右側の片方だけが残されており、2015年、彼の28周忌を前に、美術品復元専門家のキム·ギョム博士の元に復元作業の依頼が寄せられた。キム博士はさまざまな葛藤を抱えながら、最新の美術品復元の技術をもってその運動靴を3カ月かけて復元した。現在、運動靴はイ・ハンヨル記念館に展示されている。彼が登場する映画作品にカン・ドンウォン監督「1987、ある闘いの真実」(2017)がある》

参考2:みんなの運動靴:本文より

三和ゴムから発売された白いタイガー運動靴を、英語でタイガー (TIGER) と書かれたロゴが入っ ていた運動靴を、実は私も持っていました。私だけではありません。あの頃どんなにたくさんの人たちが、あの運動靴を履いて歩き回っていたことでしょう。あの運動靴が流行っていた時期がありましたから。私の記憶に間違いがなければ、私の友人のMも、Jも、Lも、Kもあの運動靴を履いていました。ですからLの運動靴は私の運動靴でもあり、MとJとLとKの運動靴でもあったのです。「私たちみんな」の運動靴でもあったのです。 あの時期Lの運動靴とまったく同じ運動靴が何足作られ、何足売られたことでしょう。どんなにたくさんの人たちが、履いて歩き回ったことでしょう。あの運動靴は、今どこに行ってしまったのでしょう。

参考3:物語の中で語られる主なアーティストと美術作品(登場順)

マーク・クイン《セルフ(Self)》/マルセル・デュシャン《触ってください(Prière de Toucher)》/ピエロ・マンゾーニ《芸術家の糞》/ルイーズ・ブルジョワ/ヨーゼフ・ボイス《死んだウサギに絵を説明する方法》/レンブラント《夜警》/コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》/レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》/ロダン《接吻》/フェリックス・ゴンザレス=トレス《無題――パーフェクト・ラバーズ》/ダニエル・スポエリ《ハンガリーの食事》

目次

第一部

第二部

 参考文献と引用について

感謝の言葉 キム・スム

訳者あとがき 

失われた人、なくした物たちへのオマージュ 中野宜子

著者紹介

キム・スム(김숨)

1974年蔚山生まれ。本名キム・スジン。大田大学社会福祉学科卒業。97年「大田日報」新春文芸に当選、98年文学トンネ新人賞を受賞し、文壇デビュー。現在、韓国で最も活躍している小説家の一人。現代文学賞、大山文学賞、李箱文学賞などを受賞。著書に短編集『闘犬』『ベッド』『肝臓と胆嚢』『ククス』、長編小説に『白痴ども』『鉄』『私の美しい罪人たち』『水』『黄色い犬を捨てに』『女たちと進化する敵』『針仕事をする女』『さすらいの血』など。邦訳作品に『ひとり』(岡裕美訳 三一書房)がある。本作は8作目の長篇作品。

翻訳者紹介

中野宣子(なかののりこ)

福井県出身。韓国語・朝鮮語翻訳、講師。1987年、韓国延世大学校韓国語学堂に語学留学。訳書に、朴婉緒『結婚』(学藝書林)、ヤン・グィジャ『ソウル・スケッチブック』(木犀社)、権仁淑『母から娘へ――ジェンダーの話をしよう』(梨の木舎)、キム・タククワン『愛より残酷 ロシアン珈琲』(かんよう出版)、権赫泰・車承棋編『〈戦後〉の誕生――戦後日本と「朝鮮」の境界』(新泉社)、キム・ヒョンデ『地域に根ざしてみんなの力で起業する』(彩流社)、など。共訳書にキム・ジハ『飯・活人』(御茶ノ水書房)、金賢珠他編『朝鮮の女性1392-1945』(CUON)、金孝淳『祖国が捨てた人びと』(明石書店)、金富子・古橋綾編訳『記憶で書き直す歴史』(岩波書店)、黄晳暎『囚人Ⅰ』『囚人Ⅱ』(明石書店)など多数。

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